2010年3月1日月曜日

ガンガーに飛び込んで壊れた色々な価値観

本日、無事に日本に帰ってくることが出来ました!

心配してくださった方々、応援してくださった方々、そしてこの旅中に出会った全ての人に感謝したいと思います。本当にありがとうございました!

ちなみに、沐浴2回しましたが、体調に特に問題は起こりませんでした。むしろ2回目の沐浴後、腹痛が治まったぐらいです。ただ何人かは点滴打ったり、入院したりしたので沐浴する際は十分注意が必要だと思います。


インドとパキスタンは、私の中にあった様々な価値観、感覚を見事にぶっ壊してくれました。特に、バラナシでガンガーに飛び込んだことで、私の中で何かが吹っ切れたような気がします。

正直、何がどう変わったのかはうまく説明できません。そしてそれが日本という国で生きていく上で適しているのかどうかも分かりません。でも、今回の旅で確実に私の中で何かが変わりました。それを成長と捉えるのか、変化と捉えるのか、はたまた失敗と捉えるのかはこれからの生活の中で見定めたいと思います。


そして今回の旅も、やはり刺激の連続でした。

正直すぎるぐらい、自分の欲望に忠実なインド人。
様々な欲求を抑えても、神に祈りを捧げるパキスタン人。


日本人=無宗教と考えがちだけれど、実は意外と近くに宗教は根付いていたりする。特定の宗教は持たなくても。自分の中に神様を持っている人もいる。

私は無宗教だけれど、時に運命というものを信じてみたくなる。素晴らしい出会いも、思いがけないトラブルも、もしかしたら既に決まっていたことかもしれない、と思うときがある。


今回、宗教というものを客観的に、時に直感的に感じて見えてきたのは、人間は何かにすがりながら生きているということ。


どうしようもない状況に置かれたとき、この上ない幸せに包まれたとき、人は超自然的な存在を信じたくなる。それは時にキリストだったり、アッラーだったり、ブッダだったり、「神」であったり、運命であったりする。

前回の旅の終わりに、私は人は一人では生きてゆけない、ということを書いたけれど、今回感じたのもやはり同じような内容でした。いざというとき、人間は自分のなかにすがれる存在を持っている。

困難な状況に置かれたとき、すがることの出来る絶対的な存在として、それぞれの人の心の中に「神」はいるんだろう、と思います。


宗教の持つ果てしないパワー。それはきっと神のパワーではなく、宗教を信じる人間のパワーのような気がします。


混沌と神秘の中に生きるインド・パキスタンの人々と出会い、人間もまだまだ捨てたもんじゃないな、と感じました。